2013年05月26日

青磁天鶏壺 西晋(越州窯)

山の緑が日増しに鮮やかになり、気が付くと富士山の雪も大分無くなって黒い山肌があらわれてきました。その富士山が世界遺産へ登録される見通しとなり、国の象徴から世界の宝へと、益々雄大な姿に見えてきました。
富士五湖と八ヶ岳、武田信玄、・・・恵まれた自然に囲まれその中で育まれてきた文化に改めて目を向けていきたいと思います。

さて、時代は漢から晋へと進みます。
三国時代から西晋時代にかけて(220年〜317年)青磁が発展し、現在の上海近くの越州窯で独特な形の青磁が大量に焼かれました。人々の生活を連想させる楼閣や家畜の羊、犬、鶏舎などの焼き物です。
そして盤口壺に取っ手が付いたもの、鶏や羊の頭を注口としたものなどユニークな形が多いのが特徴です。


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2013年05月03日

緑釉壺(後漢)

ただ今ゴールデンウィーク真っただ中。天候も良く通勤の道は県外ナンバーの車が目立ちます。
皆様は連休いかがお過ごしでしょうか。

さて前回の石器時代からはるか時代を超え、漢代へと進みます。
B.C.200年頃の前漢からA.D.220年頃の後漢までは緑釉や褐釉の明器がたくさん作られました。
明器は神殿や墓に供えるために作られた器もので、秦、漢代に発達しました。
俑とも呼ばれ、秦の始皇帝の兵馬俑はその迫力であまりにもよく知られていますが、
器だけでなく馬、羊、豚、鶏などの動物や、楼閣など様々な形のものがあり、
当時の生活様式がうかがえます。
漢代の緑釉陶器はそれまでの青銅器に代わる副葬品として流行しました。


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緑釉壺(後漢) 口径6.4p 胴径 10.5p 底径7.5p 高さ11.6p 重さ520g
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